手と脳と筆記具 | struo-stationery

筆記具、手、脳の関係。「筆記具は手を通じて脳に働きかける道具。手は外界からの情報を取り入れ、脳に刺激を送るためのインターフェイス。」こんな説明をabout usに取り入れた。
参考にしたのは何で持ってるか分からない様な古書。開かないまま時間が十数年経過して、ページが劣化してそのまま開かないものもあれば突然読みだすものもある。「手と脳(久保田競著)」なんて今頃読むと思うはずもない。(一時奥さんの方が子育ての達人としてテレビで露出していた。)
それとは別に池谷裕二氏の脳科学の本「進化しすぎた脳」が高校生との対話形式であまりに分かりやすくて長年疑問だった(意識,言葉,脳,かたちの関係)の理解が一気に進んだことで、「手と脳」を改めて手に取ることにした。
「手と脳」によると、圧覚を始めとする、いわゆる五感以外にも人間の感覚は無数にあると言う。手にまつわる触覚に限って言えば(圧覚、痛覚、冷覚、温覚、運動感覚)などに細分化され、脳の中に一対の関係で反応する場所が存在する。認識可能なものだけでもこれだけあり、認識されない感覚はもっとあると言う。
「人間は外界からの刺激を身体の諸感覚を通じて取り入れ、記憶との照合を試みた後に脳に情報の建築物を構築する。それが知覚や認知・理解の内幕である(多少脚色している)」という考え方を最初にコトバで聞いたのは2002年頃だった。原研哉さんの課外講座。そういえば、この圧覚を始めとする五感以外の感覚の話もしていた。足で稼いだ記憶の価値は色褪せない。2024年の今では特別な考え方ではない。"データベース"と似ているかとchat-gptに尋ねてみた。すると、意外な挙動を見せて少し嬉しくなる。

「はい、人間が外界からの刺激を感覚を通じて受け取り、それを記憶と照合して脳に情報の構築物を形成するプロセスは、ある種のアナロジーを用いてデータベースに類似しています。

データベースも情報を収集し、整理し、必要なときにアクセスできるように構築されたシステムです。外部からのデータや情報が取り込まれ、それが必要に応じて検索・取得されたり、結合されたりして、有用な情報を提供します。人間の脳と同様に、データベースも情報を組織化して格納し、必要な時にアクセス可能な形で保持します。

ただし、人間の脳とデータベースの違いもあります。脳は柔軟で複雑な情報処理が可能であり、感情や経験に基づく判断を行うことができますが、データベースは主に構造化されたデータの処理に特化しています。それぞれが異なる目的や機能を持っているため、完全な一対一の比較は難しいですが、ある程度の類似性はあります。」
という回答をされ、奇妙な温度感を感じる様になる。このやり取りには「Databese vs Brain」というタイトルが付けられた。