免疫と国防 | Struo-stationery
ブライアン・セッツァーが罹患する自己免疫疾患。もはや聞き慣れた症状だ。本来ならば体内に入ってきた異物を認識して排除するための役割を持つ免疫系が、何らかの原因により、自身の細胞やタンパク質を"異物"とみなして攻撃してしまう。そのことで身体に深刻な障害を引き起こす。実際のところ、自然には起こるはずのない、身体にとって極めて異常な事態だという。すなわち、免疫の仕組みとは精緻なシステムの様で、時に誤作動を起こし、暴走するような仕組みだということ。そうした"自壊する可能性"をはらんだシステムを身体に抱えて生きているのだろうか。
多田富雄氏の「免疫の意味論」を手に取ると極上の哲学書の様に感じるが、明らかにその語り口には免疫の仕組みを伝達する事を通じて、組織論や社会科学にまでその考え方を展開していきたいところを自制しているのが垣間見える。明らかに名著だ。免疫の仕組みを知る事が、その後数十年にかけて起きる事への手引きになろうとは。
とにかく専門性のあるキーワードに慣れること。学術的な用語を日常に引きずり出す。思考の中で自然に出てくる様にすることが重要だ。
まず、目を付けたのは「キラーT細胞」。言ってみれば国防にあたる"兵士"の様なキャラだ。実行権限を付与されているので"軍曹"のようなイメージかもしれない。この兵士は、ウイルスに感染した細胞やがん細胞などを「敵」と見なし、攻撃する。
そのプロセスは次の通り。体内に敵が侵入すると、体内の"スパイ"が敵の情報を発見し、キラーT細胞に知らせることにより、キラーT細胞は「敵の特徴」を知り、どの細胞が攻撃対象なのかを知る。このプロセスは"抗原が提示されている"と表現する。
ここで確信をもって攻撃を仕掛けるには根拠が必要だ。すなわち、身体の細胞には各々「身分証明書」(→MHCクラスI)が付いていて、敵か味方かを瞬時に判別できるようになっている。それを監視するのはキラーT細胞。キラーT細胞は国防軍としての特別なバッジ(→CD8分子)を付けており、そのバッジを持つ者だけが身分証明書(→MHCクラスI)をチェックし、敵とみなしたものを攻撃する事が許されている。
敵を見つけると「キラーT細胞」は任務を実行に移す。かれらは敵細胞の壁を壊す「バリケード破壊装置」(→パーフォリン)を持っている。この装置で敵の壁に穴を開け、内部への侵入を可能にする。壁に穴が開いた後、キラーT細胞の「内部攻撃部隊」(→グランザイム)が入り込んで、敵の内部から"破壊工作"を行い、敵細胞を自滅させる。敵細胞は内部攻撃を受けると、自分で自爆して消滅する。この計画的な自爆(アポトーシス)により、周りの正常な細胞にダメージを与えずに安全に敵を除去できるというわけだ。敵が多いときは、キラーT細胞は増援部隊を呼び、同じ能力を持った仲間(クローン)を大量に増やす(→クローン増殖)。そして効率よく敵を排除できるようにする。
個人的には"アポトーシス"と"クローン増殖"の過程が興味深い。ここで、キラーT細胞をプログラミングの視点で考えると、「異常な細胞を見つけて削除するプログラム」として捉えることが出来る。
1. 抗原提示(エラーログ)
- キラーT細胞は「エラーログ」を確認して、異常がある細胞を探す。例えば、エラーがあったファイルにマーカーを付けるように、異常な細胞には「これは異常です」というサインが付いている。このサインを見つけることで、キラーT細胞は「この細胞は問題がある!」と認識する。
2. MHC(セキュリティ認証)
- 体の正常な細胞は「セキュリティ認証(MHC)」を持っていて、キラーT細胞はその認証情報をチェックする。正常な認証がある細胞は安全とみなされ、認証が不正なものや異常があるものは「削除対象」と判断される。
3. CD8分子(特定の許可)
- キラーT細胞は「CD8分子」という特定の許可を持っていて、それがあることで「削除対象の細胞」を見つけて削除する権限を持つ。プログラムで言えば、管理者権限があるからこそ重要なファイルの削除が可能、という感じ。
4. パーフォリン(削除コマンド)
- キラーT細胞は、対象細胞を削除するために「削除コマンド(パーフォリン)」を実行する。これによって、対象の細胞に穴を開け、データ(情報)を内部に送り込めるようする。
5. グランザイム(内部破壊プログラム)
- 削除コマンドによって細胞内に入ると、さらに「内部破壊プログラム(グランザイム)」を起動する。これが働くことで、異常な細胞が「自ら削除されるように」指示する。アプリケーションが自動的にシャットダウンするようなイメージ。
6. アポトーシス(セルフデリート)
- グランザイムが送られた異常細胞は、「セルフデリート(アポトーシス)」のコマンドを実行。自分で消えることで、周りに影響を与えずに消滅する。
7. 免疫監視(定期スキャン)
- キラーT細胞は定期的にスキャンを行い、異常細胞がいないかチェックしている。ウイルス対策ソフトが定期的にスキャンを実行して、ウイルスや問題のあるファイルを探すのと同じ。
8. クローン増殖(複製して対応)
- 異常が多いときには、キラーT細胞が増殖して応援部隊を作る。プログラムで言えば、「必要な数だけ新しいプロセスを起動する」ような感じで、処理速度を上げるための対応と一緒。
このように、キラーT細胞は「エラーチェック」から「削除」までの一連の流れを自動的に行うプログラムのように働き、身体を守るというのが免疫の仕組みが正常に作動している時の機能なのだが、何らかの理由で誤作動を起こすと、そもそも身体を守るための仕組みなのかどうかも疑わしくなる。それが「自己免疫疾患」という症状だ。この免疫の仕組みは展開する事が可能なので、次回はもう少し汎用化させてみたい。(つづく)