続・名入れ:Struo-stationery

僅かに残っていた古いペーパーを見返していたら、タイポグラフィもやっていた事に気付く。論理学もやっていた(いま猛烈にハマり中)。すっかり忘却していた様だ。関心が沸かないって恐ろしいと思うのが、経験しても、意識していないから見てるようで見ていない。経験もおろそかなら、貯蔵法もなってないという状態になる。受け入れ態勢のない人間に何をレクチャーしてもダメという話かというと、そうではない。当時どういう切り口を設定すべきか分からなかった。全体の地図を持っていない中での、自分にとっては意味なき経験だったのだ。
その後何かのきっかけで違った解釈方法を見つければ良いけど、機会がなかった。ところが、昨年仕上げたトレーは大事な型となり、その周辺事情を整備する必要に駆られたのは大きな出来事だった。トレーをシリーズ化させる上で「設計」と「名入れ」は核になる。また、トレー設計をやりながら、自分は製図も儀礼として通過していた事を再認識した。結果的にタイポグラフィを見る目が変わっていた。
「書物と活字」という朗文堂から出されていたタイポグラフィの歴史に関わる本もいつかは理解したいという思いで持っていた。この書籍にどんな意味があるのかなんて当時は知りたくもないが本音だった。時間の自動巻き取り装置は随分と長い助走をつけて作動していて、人が望もうが望むまいが文字や文字を記すメディアは姿形を変えていく。大昔で言えば壁や石に掘られた書体であり、動物の皮革に描いた書体であり、印刷技術が発展した後は金属活字になる。その一番いい具体例はWEB上に書体を移植していくことだった。正気の沙汰とは思えない様な労力をかけ、人間が機械性を取り入れては、精神作用によって、身体性に回帰していく心の往復運動。その自己意識が絶頂に達したことで、書体の生まれた原点が忘れ去られない様に、紙というメディア(身体の感覚が活性化されやすい素材)に定着させた代物だったという見方になった。